組織を常に流動的にしておくことの大切さ

ということでまた日本語ブログです。前回の記事は「読みやすくする!」とかいいつつ相変わらずの誤字脱字具合だったので反省。 だけど外観より内容を優先したいから時間が無いときとかはそうなってしまってもごめんなさいって感じっす。 読んでくだすってる皆様はいつもありがとうございます。 
さて、今読んでいる「なぜリーダーは失敗を認められないのか」という本(左の本)を今読みながら今年一年の反省をしているのですが、この本はなぜ失敗を認められないのか、というかもっとざっくりいうと、”人はみんな都合の悪いことは否認しちゃうんだよ!” ということが書かれています。 全ての失敗はきっとこじつければ全てここに出来てしまうと思うのですが、それは違うと思うのでうまく要所要所を拾っていけたらいいと思います。 でもとりあえずアイセックジャパンのメンバー(特に経営層)は一回これ読んだほうがいい。当てはまること多すぎて冷や汗がでました。 
今回皆さんお伝えしたいのは、”常に組織は流動的にしたほうがいい”ということです。

結局都合の悪いことに目をしっかり向けられる人なんて滅多にいないらしい。

どうやら、生物学的に人間はそうゆう生き物ならしいです。例えばもう治らない病気の時にはあたかも自分がそうでないように振舞ったほうが長生きするとか。 ということで人類の自然淘汰の結果生き残ったのが、”都合の悪いことには目を向けない生き物” ならしいです。つまり嫌なことの否認そのものは時には必要になるし、必ずしも悪いというわけではないみたいですね。 あと僕自身大学受験の成功は都合の悪いE判定を否認したからだと思ってます。 ちなみに、この本では ”絶対悪い結果になることがわかってることでさえ否認してしまうリーダーがいっぱいいる”と書かれ、その後はその点についてのみ言及されてます。話が飛んでしまいましたが、とにかく悪いことの否認は避けられないってことですね。 


常に外部の視点を取り入れて批判される体制を作る

じゃぁどうすればいいんだよってことで、後はもう悪いことを批判してくれる他人を組織に置いておくしか無いと思います。で、じゃぁ組織みんなで批判しあえばいいんだね!なるほど!って思ってしまいそうなのですが、ここでさらに驚いたのが、”グループシンク(集団浅慮)”と呼ばれる集団で行われる否認行為というのも自然と起こってしまうと書かれていること。へーっ! って感じですが、もしそうだとしたら、つまり組織がそうやって暗黙の否認が始まる前に”批判してくれる人”を組織のうちに常に置いておけるようにするのが”避けられる失敗を避ける”という点ではいいのかもしれません。だから組織には常に外部の目が入ることにしとこう。と。 企業の組織構造でよく見る”外部取締役”ってこういったことなんですかね??


組織の流動性から考察する今年の成功と失敗

今年はほんとほとんどの失敗とちょっとの成功でどうにかしていた年だったのですが、組織の流動性という観点で見ていくと、一年間完全な”外の目”はシャットダウンされてました。ただ、

  • 全体の最終的な意思決定をできるだけトップ一人ではなく二人の合議制にしたこと。
  • 幹部の人数が最後まで一体感を作れないほど人数が多かったこと。
  • まずいことに関してまずいという長老陣の存在

の3点に関しては「最悪の失敗を防ぐ」という点にかんしては良かったかもしれない。 
最終意思決定もちょいちょいお互いを批判する二人で構成していたお陰でもしかしたら何か防げていたのかもしれないし、経営陣はほんと最後まで一体感に欠け、よくも悪くも内部での批判は最後まであったと思う。もちろんこれでスピード感に欠いたり、全体で統一感がなくなって非効率だったりはあるんだと思うけど、もしかしたら何かを防いでいたのかも。あと直接運営には参加しなくなった長老陣も、そうゆう意味ではすごくよかった。
でも、”完全な外部“から批判をしてくれる人はほとんどいなかったのも間違いないです。中国戦略はタイムラインがきつきつすぎて失敗の可能性が高いことなんて今見れば明白だったのだけど、当時は成果に必死過ぎて批判している余裕もされている余裕もなかったかも。完全にこれは無理だしもっと違う案を考えろってちゃんと言える人が一人でもいたら、何かしら工夫するなりリスクヘッジをするなりでできたのかなー・・・・。あれは方法の妥当性に圧倒的にかけていたのを批判した人は間違いなくいなかった。
僕としては、もっとアイセックジャパン全体で

  • 内部競争を激化させる。
  • 情報共有と意見の交換を活発にする。

あたりがまずとりあえずできることなのかと思います。


おまけ。”冷や汗がでた言葉”。

ということで、おまけで冷や汗がでた、”否認行動の特徴”ですw

  • 自分たちが誤るはずがないという幻想
  • 集団が前提とするものの見直しを求めるようなデータの拒否もしくは正当化
  • 共同幻想を覆すような反対意見の抑圧
  • 集団の構成員による反対意見の自主検閲
  • 共有する前提を覆すような情報から集団を守る”精神的番人”を辞任するものの存在
  • ライバルに対する紋切り型で侮蔑的な見方(orz)

以上です。ということで、このブログにも反論・反例・批判は絶賛受付中です。お願いします。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です