問題は明らかになるまで解決しない2

こちらの続きです。

物事の準備に関して、「しないに越したことはない」みたいな書き方をしましたが、よく考えるとそうでもないなと思いました。

例えば、起業するならとりあえずなんかコード書けなきゃだめだろうと始めたphpは、確かに掲示板ライクなものを作るくらいなら良いけど、解析とかクローリングとかをやるのは若干やりにくさがあったりします。

でも、それが必要だとわかるのは後になってからで、”とりあえずなんか勉強しよう!”だとどうしても学習コストの低いものを選んでしまいます。

それ自体は間違っていないように見えてしまいますが、問題はただ”学習コストが低い”だけで選んだphpが得意になってしまった後です。

その後は、まずほぼ間違いなく何をやるにも”PHPでできるか?”が念頭に来ます。モバイルサービスも、アプリではなくwebで作ってしまいます。なぜならそれのほうが簡単で、せっかく使えるスキルがあるならそれを使いたくなってしまうからです。

冷静に考えればネイティブで作らないと意味ないものも、まぁなんとかなるだろ!みたいな感じでphpにしてしまったりします。

”サンクコスト”なんて言葉もありますが、一度苦労して手に入れた何かを捨てるのはとても大変です。良かれと思って先に準備した何かが、その後の判断において”余計なもの”になることは往々にしてあるような気がします。

無思考な”準備”は害悪にすらなる可能性がある、というお話でした。