24歳になりました。

3日ほど前の9月20日に、無事に24回目の誕生日を迎える事が出来ました。
23歳であった1年も変わらず心身ともに健康な状態で過ごせたこと、また何より自分の選んだ道で挑戦させてもらえていることに深く感謝しています。よく関わっている方々も、そうでない方々もいつも本当に有難うございます。

誕生日ポストなので、”どう生きる?”みたいなテーマのお話をしてみます。

僕は、”何を正解として、何をダメとするか”は、生きていく上でとても大事だと思っています。
例えば、何かしら大きいことを成し遂げた人を「凄い」と言ってそれを”正解”であると捉えることは誰にでもできますが、逆にどれが「ダメ」なのか考えられていないと、目標の達成に大して貢献しないことに時間を使ってしまいそうです。

現存の偉人の僕のイメージの中では、イーロン・マスクとメタップス佐藤さんが僕にとってのある種の目標で、この人達は「世の中をこう変えたい(こうあるべき)、だからこうする」みたいなロジックで動いています(のはず)。その結果世界一の起業家、と呼ばれたり、イーロン・マスクには、”スティーブ・ジョブズ以上”みたいな噂もあるくらいになっています。

ちょっと違いが説明しにくいですが、孫さんみたいに企業としてナンバーワンになる、とか、ジョブズみたいに最高のプロダクトを作る、とかじゃなくて、「世の中をこうしたい。そのために、企業も、経営も、プロダクトも利用できるものは全部使う」みたいな感じです。

今でも覚えていますが、僕は小学生の時は「アフリカに木を植える」と言っていました。それは、僕のイメージする「世の中はこうあるべき」みたいなイメージと、テレビに見せられたかわいそうなアフリカの図が、あまりに乖離していて、その乖離をなくすための手段で知っていたのが”木を植える”だったからです。

大学受験で物理学科を選んだのは、「宇宙の仕組みをすべて解明すれば、世の中のありとあらゆる問題は全部解決するはず」と考えたからです。小学生の時より少し世界が広くなって、アフリカだけでない様々な「理想との乖離」を一挙に可決するには世の中の法則を完全につかむしかないと思ったからです。

大学生になり、更に物事を知るようになりました。宇宙の仕組みを全て解明するには僕の一生を掛けるだけでは全然時間は足りないようでした。とりあえずノリでマレーシアにボランティアに行ってみましたが、何も解決できませんでした。しかし、そのボランティアの場で「Facebook」は確実に様々な問題を解決しているように見えました。そこで始めて、「企業」と「経済」も同様に理想の世の中を実現するための良い手段であると知りました。

「あるべき世の中」は僕の中でイメージはあるものの、今はまだなかなか言葉にはできません。でも、様々な興味があってコロコロやることが変わってしまう僕の中で、かなり長い間変わっていない何かとは、”描いた世の中を実現するためになんかしようとする姿勢”だと思っています。サービスを考えるときも絶対にまずは「これを実現すれば世の中がこうなる」みたいなのをイメージしながらやっています。

現状はココに書いている死ぬほど意識の高い文章を自分で読むのすら恥ずかしいくらい何もできていません。苦戦するのは想定の範囲内でしたが、ここまで自分の成長が遅いことには、正直自分でもびっくりしています。あと、ふわふわしたことばかりを考えて地に足付かないのとかも、いい加減にしないとダメなのはわかっているのに、未だに迷走を繰り返す始末です。

ただ、最近はそういった自分へのコンプレックスのせいか、逆に目の前のことばかりに意識がいってしまっていたので、誕生日を迎えた良い機会にもう少し長いスパンでの目標を振り返ってみました。

僕の人生の指針において、正解としているのはイーロン・マスクやメタップスの佐藤さんのような人(のイメージ)、”ダメ”としているのは孫さんやスティーブ・ジョブズ(のイメージ)です。

こういう偉そうなことは、きっと本当はもっと上手く行ってから書くべきことなのだと思いますが、上手く行ってから偉そうなことを言うのは何かずるい気もしてしまうので、今この不相応な時に晒しておきます。相変わらずまとまらない文章のご一読ありがとうございました。

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