名刺がなかなか世の中から無くならない理由

名刺がなんで無くならないの?ってのは結構誰でも一度くらい考えたことあるんじゃないでしょうか?管理の煩雑さは尋常じゃないし、正直始めての人に合う時も、所属とか連作先とかって事前に連絡とってたりfacebook見れば5秒でわかるし、自己紹介を口でするのと何が違うの?って思っちゃうこともよくあります。
実際僕は今名刺を持ち歩くのは完全に放棄したのですが、それでも名刺は確かに作りました。これは僕だけでなく、他にも「名刺いらなくね( ・´ー・`)?」みたいな人もなんだかんだで持ってたりして、より多くの人に当てはまる現象かと思います。

名刺が明らか無駄なのがわかってるのに無くならない理由に関して色んな人と議論したことがあるのですが、現段階での有力説は、
・中高年層に馴染みすぎてどうしても必要
ってとこなのですが、名刺がないと落ち着かないような中高年と関わるような仕事をしてない人でも名刺は持ってるのでちょっと違和感があります。てか実際名刺がない状態で中高年の人と関わることあるけど特にそんな困った記憶はない。相手が名刺持ってればいつでも後から連絡できるし、興味がある相手だったら名刺がなくても何らかの方法で覚えられます。

ちなみに他にも「これなんで必要なの?」みたいなのは世の中に結構あって、amazonで本を買ったほうが圧倒的にいろいろ効率的なのにわざわざ書店に足を運ぶ人が多かったり(中身が見れるとかはあるけど、みんなそんな書店で中身見る???amazonのクチコミのほうがヨクナイ??)とか、代官山蔦屋に関しては明確に”本屋に行くこと”自体を目的化させようとしてたりします。

他にもなんでバイクがあるのに自転車使うの?とかいろいろあるのですが、そういった事例に関して言えるのは、自転車の例だったら単純に”自転車に乗ることそのもの”の体験が楽しかったりなにかしらポジティブな感情に作用するからであると考えています。
代官山蔦屋のワクワク感はamazonには現状ではありません。バイクでは自転車での”運動した感”も得られません。

名刺に関しても似たような考えが当てはまると思われます。「名刺を持つこと自体がポジティブな感情に作用する」からみんな名刺を持つのではないでしょうか。そして、管理の煩雑さはあっても、自分の名刺を持つこと自体のコストは大してなかったりします。それより、自社のオリジナルで、自分の役職がかっこよく書かれた名刺を持ってるワクワク感はデジタルに適用するのもまだ難しいし、紙であるからこそ得られる質感やお手頃感も大事なんだと思います。

もし世の中から名刺がなくなるとしたら、より賢くかっこ良く手軽に使える自己紹介ツールが出てくるときですが、スマートフォンではどうしても質感が作れなかったり、あの”さっ”と渡す感じができないので、まだまだ時間がかかりそうです。

テクノロジーの進化で消えるものももちろんあるのですが、最近の傾向としては、それ本来の良さが再発見されることも多く、名刺もまたその1つなのかと。

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