”昔からの付き合い”も大事にしなきゃいけないたった1つの理由

ざっくり言うと、自分が事故った時とか、”未来の出会い”に期待できなくなる日が来る可能性は否定出来ないからです。

あまり関係ないことですが、今回の題名のような「あからさまに良い事」、「批判されにくいこと」を他人に言うのは本当に嫌いです。これは僕の性格が悪いだけかもしれないけど、100%に近いくらい自分が満足できている状態でない限りは自己中心的に物事を主張すべきで、明らか正しい自己犠牲的なことをするときは、それ相応に自分にメリットがあることでなければ、他者に大声で主張してはいけないと思っています。

自分の性格が未熟なのは上記の信念があるから、というわけではもちろんなくて単純に我慢ができなかったり、幼稚だからなのですが、だとしてもすごく頑張って自分をその辺を変えよう!とまでは思えないのは、上記の理由に依るものです。良い事をするのはいくらでもすればいいけど、表立って主張するのは自分が満足できていない限り何か嘘っぽく聞こえてしまいます。”尊い”とか”素晴らしい”とか明らかにポジティブなワードを連呼する人は僕の中でつまらない人としてカウントしています。

何か余計なことを書いてしまった気がするけど、全人口の0.3%くらいは同意していただけるのではないかと信じております。

本題なのですが、僕はどうしても昔から(1年以上前とかのレベル)の人間関係を大事にすることが苦手で、今興味があって所属している組織での人間関係はまだ頑張れるけど、全く関係なくなったとたんなんか興味がなくなって自然と疎遠になっていきます。ほんとカス・・・。でもそれでも別に大して悪いと思っていなくて、それは新しい興味の先で自然と新しい関係が構築されていくからです。しかもたいていソッチのほうが面白いひとがいっぱいで面白かったりする。

と本気で思っていたのですが、最近死ぬほどお世話になっている人がこんな事を言っていました。

今まで生きてきた間に出会った人しか、これからの将来も出会えないと思い込むと、世の中や人に対して、すごくやさしくなれるし、大切に思うようになる。
絶対に悪い事とか、不義理とか、できなくなる。

不義理だらけな自分には痛い言葉です。まぁただこの時点では「いやこれからも色んな人に出会うっしょ★」って思っていました。ただ、そうでないパターンが今日1つ見つかりました。自分が大事故に合った時や最悪命を落とした場合です。

ちょうど知り合いからの紹介で生命保険の営業の方と話したのですが、死んでも家族に300万円の迷惑を掛けて、高度ショウガイになった場合は一生色んな人にお世話になりながら生きていくことになります。その時ってこれからの出会いには殆ど期待できなくて、自分のスキルとか武器もどうにもならないし、今までどのくらい周囲のヒトに感謝されていたかがモロに試されることになります。

生命保険に入って、「いざとなった時に周りに迷惑をかけないように」って言葉は綺麗だけど、それ以前にいざとなったときに周りに助けてもらえない生き方をしてくる方が結構まずくて、死んだとしても葬式にヒトがあまりこなかったら両親や家族はお金よりそっちに悲しむかもしれないし、高度ショウガイになったときに厄介なのはお金以上にいろいろあります。

生命保険への加入は結局しないことにしましたが、今まで全く考えたことのない事を考える良い機会となりました。今を楽しむことに必死過ぎてリスク管理を怠っていたことはすごく反省。もちろん人間関係を大事にすることを”リスク管理”と呼ぶのは違うけど、すごく曖昧で哲学的だったり,”当然だろ?( ・´ー・`)”みたいな議論しか起こらない分野で、具体的でわかりやすい”人間関係を大事にすべき理由”が見つかった気がしたので書いてみました。

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