自分の頭で考えてはいけない

最近、「自分の頭で考えてはいけない」と何度も自分に言い聞かせるようにしています。

今更になって以下の2つのことを強く感じるようになりました。

1つは、ビジネスはどうあがいても”競争”であるということです。(ゼロトゥワンで語られる”独占”は、競争で圧勝した結果の”独占”しろという意味かと思います。)
人の欲求は大枠で見ればだいたい決まっている以上、人の欲求に対して提供されるべきサービスには「正解」のようなものがあり、正解があるということは皆それに向かって競争せざるを得ないのかもしれません。

そしてもう一つは、「スタート地点は皆同じではない」ということです。事業を考える際は、まず手に入る情報のなかから仮説を組み立ててだいたいのアタリを付けて動くのが普通かと思いますが、特に以前から存在していたような業界では、ほとんど同じような仮説をどこかの誰かが試して成功なり失敗していることが圧倒的に多いです。ゼロから組み立てた仮説で、「既に知っている」人たちに挑むのがどんなに絶望的な状況か、冷静になって考えると恐ろしい物があります。

勿論、新しいことをやるならすべて最初は誰でも”仮説”から始まりますが、それにしても正解に近い事実を知っている人の考える”仮説”の精度のレベルまで行くのはかなり難しいでしょう。もし学生起業とかで「ほぼゼロ」みたいな状況からスタートするのであれば、その状況でどんなに考えたところで、そこから導き出される仮説のレベルはたかが知れています。

ただし、ここで言いたいのは、”完全に考えるな”ということではありません。なにより、僕自身考えに考えた上でこの結論に至っているので「完全に考えるな」というのは矛盾しています。というか考えないとかそれはそれで無理です。

逆にどんなに情報や経験が多くても、自分で考える能力のない人にはそれを咀嚼して現実を理解することは永遠にできないでしょう。「考えるための材料」が十分にある状態であれば、大事なのは「しっかり考えること」だと思うし、そういった状況で考える能力は学校や就活でも十分に訓練されているように思います。

問題は、なにもしないで「考えるための材料が十分に揃う」状況になることなんて殆どない、ということです。
困ったときについつい頭を使って問題を解決してしまおうとしてしまいますが、同時に考えるための材料集めも積極的に行わなければいけません。しかも、どこまで集めれば十分なのかも自分で判断しながら、実際は”7割集まれば良い方”みたいな中で判断せざるを得なくなることが大半なように思います。

「考える」ことはとても重要だと思いますが、同時にその思考の檻に閉じこもらずに、実際に何かを試したり、詳しい人に話を聞くことをしなければ、いくら考えてもその力が発揮されることはないでしょう。そんな何もないほぼゼロの状態でできることは、”出来る限り新しい産業で試行錯誤を進める”とか、”一旦その業界に身を置く”とかそんな感じでしょうか。

いずれにせよ、「知る」「経験する」ということをもっと大事にしていきたいです。