才能に全賭けする

スタートアップ(※)を成功させるのは本当に難しいことで、正直普通の人に出来ることではない。自分でやっていると常々このように思わされます。ただ毎日頑張ればいい、といった生温いものでもないし、ちょっと人より何かが優れてる、だけでは何の強みにもなりません。

「じゃぁ、成功した人に共通する要素は?」と聞かれると正直いろんな人がいすぎて「誰でも大丈夫なんじゃないの?」とか答えてしまいたくなるけど、僕の想像では唯一共通する何かとは「人よりズバ抜けて優れた何かを持っている」ということです。

そもそもスタートアップの成功とは資本主義の構造上”自社が他社より優れていた”ことに他ならず、その優位性を生み出すことが出来る原因はどんな形であれ”創業者の持っている優れた何か”に紐付けられることは想像に難くないでしょう。

スタートアップは、他に比べてズバ抜けて優れた何かを持っている人が集まらないと成功しないんです。

ところが、「じゃぁお前はどうなんだよ」とか「何か優れてるように見えない他の人はどうなんだよ」と言われるとそれはそれで困ってしまいます。なぜなら、簡単に言ってしまえば”その人が優れていない証拠”などどこにもないからです。あったとして、それは証拠ではなく”より高い可能性”でしかありません。

そもそも、スタートアップを始めてしまった以上、自分が優れてるか、優れていないか、なんて考えてもどうしようもありません。いつだって大事なのは、「今何をすべきか」です。

優れた才能を持っている可能性に全賭けする

「今、何をすべきか」。僕が今回言いたいのは、その今すべきことの判断の時に、いつでも「優れた才能を持っている可能性」に全賭けすべきだ、ということです。これは、自分のありとあらゆる判断にも言えますが、例えばチームのメンバー等、利害関係のあるあらゆる人に関する行動にも同じことが言えます。

そもそも、優れていなければ成功しない。だとしたら、ダメな可能性も考慮してその対策をうつことへの意味は全くありません。ダメな可能性に賭けて本当にダメだったとして、どっちにしろそのダメな人が成功する可能性は皆無だからです。

例えば、自分が失敗して途方に暮れる可能性を考慮して大学は辞めるな、という人は多数います。でも本当に本気でスタートアップで成功したいならそもそも自分が失敗する可能性に賭けたってどうしようもありません。失敗したらどっちにしろその時点で終わりだからです。

他にも、最近はインターンと接するときも、インターンへのアドバイスや指示は基本的に「そのインターンが優れていると仮定したらこうしてくるだろう」と想定して行うようにしています。なぜならもし相手がダメなインターンだったとしたら、それに期待することになんの意味もないからです。

こういった判断は日々の細かいところにも多数存在します。自分の部屋の環境を整えるときも、多少身の丈に合わない額の家具の購入だったとしても「自分には才能があるからそれを活かせる環境を作った方が得だ」と判断しています。

普通の人はよく僕が普通の人だと仮定した上でのアドバイスをくれます。もちろんそれを否定するわけではないのですが、それではどっちにしろダメなんです。これは驕りでもなんでもありません。スタートアップに挑む人として当然のあるべき心構えだと思います。

根拠とかもすごくどうでもいいんです。とにかく「自分には才能がある」。そう信じて突き進むのみです。

※ぼくは「スタートアップ」を「短期間で会社を成長させて、事業による直接的な利益ではなく株式の売却により大金を手にしようとする取り組み」と定義しています。普通に起業してそれなりの収入を築くだけなら実はそれこそ頑張れば誰にでも出来ることなんじゃないかと思ったりしてます。