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「わかりやすさ」の罠

「何が言いたいのだかわからない」
そんな言葉をかけられることが、
僕は昔から頻繁にありました。

こちらとしては、頭に浮かんだ言葉をそのまま言っているだけで、
当然自分の中では複雑ではないのですが、
それを人に言うと、「わかりにくい」と一蹴されてしまうのです。

今となっては、自分でも反省して(そもそもこのブログも伝える能力を鍛えるために始めた)、
わかりやすく伝える努力を適宜するようにはなりましたが、
小さい頃は顔では笑ってごまかしながらも、
内心イラッとしていたことをよく覚えています。

こっちが放った渾身の言葉を、
「わかりにくい」というもはや門前払いの表現で返されてしまうのだから、
悔しいに決まっています。

最近も、似たようなことがありました。
流石にイラッとはしませんでしたが、
自分の渾身の説明が全く受け入れられず、
全然こちらの論点に相手に合わせてもらえないのです。

相手ももう大人なので、一見「わかっている」ふりをしますが、
多分あれは殆ど何もこちらが言っていることは理解されていませんでした。

上述の通り、こちらが提示しているはずの論点に、
 相手が全く反応してくれないのです。

他人同士のやりとりでも
「もっとわかりやすく言わないとダメだよ」

そんなフィードバックをしあっているビジネスマンなど、
普通によく見かけると思います。

改めて言うことでもないですが、
「わかりやすさ」って大事なんです。

===

わかりやすいことは重要

とても同意します。100%同意です。
わかりやすいことは重要です。

伝わらなければ意味がないし、
プレゼンテーションなどは、
「伝える」という一点に集中して、
スライドを作ったり、内容を練ったり、
時には膨大な時間をかけて、「わかりやすさ」の練度を高めます。

「伝える」ということは非常に重要で、
そのためには「わかりやすい」ということが必須であることも、
もはや当たり前の事実と言えるでしょう。

===

では、わかりやすいこと全てに耳を傾けていればいいのでしょうか?

答えは、NOです。
世の中には、
・「わかりにくい」けど、「重要」なこと
・「わかりやすい」けど、「重要ではない」こと
の2つも存在しています。

わかりやすいからと言って全て受け入れれば良いわけでもなく、
また、わかりにくいものを安易に遠ざけるのも良いことではありません。

少し、例を見てみましょう。
まずは、「わかりやすいけど、重要ではないこと」の例です。

あくまで僕の主観にはなりますが、
「男女の差別」はまさに良い例だと考えています。

「男女の差別」とは、
例えば、部屋が汚い男の人を見たときに、
「この人は男だから部屋が汚いんだ!」
と解釈したり、

部屋がきれいな女の人を見たときに、
「この人は女だから部屋がきれいなんだ!」
と解釈する。

といったことです。

そんな人を見たり、
または自分でしてしまったことがある人も多いのではないでしょうか?

勿論、男女による何かしらの傾向があるのは認めます。

しかし、上記の場合、
「部屋の綺麗さ」と相関のある変数は、
「男女」だけではないのは、
冷静になれば明白なことだと思います。

なぜなら、部屋のきれいな男性も、部屋のきたない女性も、
両方とも一定数存在するからです。

ではなぜ、上記のような解釈が起きてしまうか。
原因は、「男女の違いがめちゃくちゃわかりやすい」
からです。

違いがわかりやすいがゆえに、
物事の解釈に都合よく使われやすいのです。

少し抽象的な表現にはなりますが、
部屋の汚さ/きれいさ、と相関の大きそうな変数は、
例えば几帳面さ、忍耐強さ、自己管理力の高さ、
などいろいろあります。

それらは決して男女の問題”だけ”ではありません。

しかし、性格的な要素は極めてわかりにくいため、
もっとわかりやすくはっきりとした「男女」という指標が、
あまり関係ないはずのところにうっかり出現しまうのです。

こういった、
わかりやすさに流された誤解
は他にも数多くあるように思います。

「学歴」も良い例でしょう。
大卒者のほぼ全員が共通の指標の上で、
受験の競争を経験しているおかげで、
「偏差値70」の凄さは大卒者ならみな理解できます。

その一方で、偏差値は50だけど、
プログラミングの才能は超一流、
みたいな人は、
そうであることを積極的に確かめにいかなければ
永遠にわかりません。

偏差値や学歴が本来あまり関係のない場所でまで
何かしらの判断材料にされがちな原因も、
この「わかりやすさの罠」にあると僕は考えています。

だからこそ、難しいことも、
わかりやすく表現することが大事なのですが、
そこには一つ問題が有ります。

「難しいことをわかりやすくすることは、めちゃくちゃ難しい」
ということです。

例えば、アメリカの有名なベンチャー投資家であるピータティール氏は、
ベンチャーで成功するためのポイントとして、
「多くの人が否定する、真実を探せ」
なんて言ってます。

これも、「ベンチャー成功の秘訣」というめちゃくちゃ複雑でわかりにくいことを、
必死の想いでわかりやすくしたのでしょう。

確かに、一言でスパッとまとまって気持ちいいのは確かです。

しかし、
「多くの人が否定する、真実を探せ」
こんなこと言われても困りませんか?

本質的に複雑なことは、わかりやすくしようとすると、
結局中身のない、わかるようでわからない表現になってしまいます。

「ベンチャー成功の秘訣」
というめちゃくちゃ重要な話題ですが、
世界的に有名な投資家のアドバイスでさえ、
意味不明になってしまいます。

===

だから、わかりにくいことだって、安易に切り捨ててはいけません。
むしろ、向き合いましょう。

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こんな図をつくりました。

本質的には、わかりやすさと重要さに、関係はありません。

むしろ、わかりやすい部分は色んな人が集まるので、
わかりにくい部分の謎を解明していくことこそ、
これから重要なこと。

と言えるでしょう。

勿論、前提として、
自分が伝える側であれば、
最大限それをわかりやすくする努力は必要です。

しかし、聞き手の場合は、
偉そうに「わかりやすく言え」などと言わず、
わかりにくい部分にも向き合っていく必要があります。

そうでなければ重要な部分を取り逃がしてしまう可能性があります。

以上、長くなってしまいましたが、
僕のわかりにくい文章も、みんな頑張って解読してくれ。

そんなメッセージの記事でした。

指数関数的な成長を遂げる組織の理論的な理解

ふと思ったのでメモです。

■直線的組織の成長と、指数関数的組織の成長

指数関数的

よくこんな図で表される、「直線的成長」と「指数関数的成長」ですが、これを「企業組織の成長」に当てはめて考えてみます。
すると、「直線的成長」をしている組織とは、
・1社員あたりの利益が月100万円
・社員が増えるごとに、会社の利益が月100万円ずつ増えていく
こんな感じかと思います。

勿論、現実にはこんな単純な話ではないので、あくまで「超単純な成長モデルで考えるとこんな感じ」と言った程度ではありますが、例えば、営業の強い会社や、コンサルティング、受託開発会社などがこれに近い成長モデルなのではないでしょうか。所謂「人月」で見積もりを行いやすい事業を行っている企業ですね。

こういったモデルで、採用や企業買収を続けると、社員の多さと会社の規模がほぼ正比例で成長するので、例えば

社員10名時点:利益が月1000万
社員20名時点:利益が月2000万
社員40名時点:利益が月4000万
社員50名時点:利益が月5000万
社員100名時点:利益が月1億
社員1000名時点:利益が月10億

みたいな感じで成長していくのではないかと思います。これはこれで良いことですね。

☆★☆

次に、「指数関数的成長」をしている組織について考えてみましょう。まず、上記の「直線的成長」をしている組織を、どのように変えれば「指数関数的成長」になるか、ということです。例えば、1社員あたりの利益を月200万円にすれば、より利益の大きな企業にはなりますが、いずれにしよ「直線的成長」であることには変わりありません。

それでは、どうすればよいでしょうか?答えはコチラです。
「社員が増えるごとに、社員1人あたりの利益の額も増加する」
と条件を加える事で、この組織は指数関数的な成長を遂げることになります。

ちょっと文字の説明ではわかりにくいので、
「社員1人が増えるごとに、社員1人あたりの利益が5万円増加する」
という条件で計算してみましょう。スタートは、「直線的成長」の組織と同じように、「社員10名時点で月1000万」でのスタートです。

社員10名時点:利益が月1000万
社員20名時点:利益が月3000万
社員30名時点:利益が月6000万
社員50名時点:利益が月1億5000万
社員100名時点:利益が月10億
社員1000名時点:利益が月500億

■指数関数的成長はめちゃくちゃすごい

わかりますでしょうか?50名時点で既に3倍まで開き、さらに、1000名時点では50倍の差が開いています。これが、「指数関数的な成長」です。
「社員が1人増えるごとに社員1人あたりの利益の額が増えるんだからあたりまえじゃん」と思ってしまいますが、もし仮に、1人あたりの利益を200万円にした場合、どうあがいても2倍にしかならないことを考えると、驚異的でしょう。1人あたりの利益を2倍にすることだってすごく難しいと思います。

そんな会社あるの?とも言いたくなってしまいますが、FacebookやGoogleがこれらのわかりやすい例でしょう。

※直線的成長と、指数関数的成長の比較表(指数関数的、の方では、社員1人増加により、社員1人の利益が5万円増加するものとする)

直線的成長の利益 指数関数的成長の利益
社員10名時点 1000万 1000万
社員20名時点 2000万 3000万
社員30名時点 3000万 6000万
社員50名時点 5000万 1億5000万
社員100名時点 1億 10億
社員1000名時点 10億 500億

■「社員が1人増えるごとに社員1人あたりの利益の額が増える」にはどうすればよいか?

一応、とてもざっくりした理論的な解釈としては上記のような感じかなーと思います。すると気になってくるのは、「それってどうやるの?」ってとこですね。どうすればいいんでしょう。とりあえず思い付きを列挙してみます。

指数関数的成長を実現するための条件思い付きリスト

・1人1人の社員同士がシナジーを生むような関係にある
→これはある種わかりやすいですね。エンジニアとデザイナーが上手く組めば、それぞれの生産性は高まります。また、ある社員が他の社員の成長を促せば、社員の増加により、社員の生産性を高めることができます。
・ネットワーク外部性の働く事業を行う
→例えば、Facebookが日本支社を作ったことで、日本にもユーザーが広がり、その結果、日本に友達を持つアメリカ人ユーザーのアクティブ率が高まり、アメリカでの利益も高まる、と言った感じでしょうか。日本のFB社員が入ったことにより、アメリカFB社員の生産性も高まっているはずです。
・人月単位でサービスの見積もりを行わない
→これはまぁそのままですが、人月であるかぎり、一人あたりの生産性は変わりません。
・何らかのテクノロジーを用いている(テクノロジーが無い限り人月からは開放されない気がする)
→人月から開放されるには、人以外の何かが価値を生んでいる必要があります。その「何か」をテクノロジーと呼ぶのでしょう。
・より多くの利益からより多くの利益を生み出すビジネスモデル
→例えば、1人だと利益が100万で、利益100万円を次に投資して利益が5万の事業が作れるが、2人で200万円の利益を出し、それを投資することで利益が20万の事業が新たに作れれば、「1人増えるごとに、一人あたりの生産性は増す」ことになります。(多分)
・エンジニア主導の組織体制
→これが一番大事な気がしてきた。。人月から解放されるには、テクノロジーが必要で、テクノロジーを活用できるエンジニアが中心にいてこそ初めて人月から開放されるのではないでしょうか。もう少し考えよう。。。
・価格を下げる要因を消す
→少し論点がずれてしまいますが、何もしないと一人あたりの利益は減ってしまいます。なので、その要因を断つことも大事ですね。価格競争とか。
・考え中・・・(いつか追記したい)

以上、なんだか中途半端な終わりですが、ちょっとした思い付きでした。「より多くの利益からより多くの利益を生み出すビジネスモデル」って、FacebookとかSoftbankの買収がそれにあたるのかなー

”人工知能”に関する雑感

今日、”人工知能”でのスタートアップについて、少しだけ考える機会があったので、雑感をこちらに。
実は去年「人工知能について」というブログも一時期書いてたりしました。

▼以下、雑感のトピックリストです。
・”人工知能”は既に浸透している
・”機械学習”は全く新しくない
・”アルゴリズム”は強みにならない(強みにするなら特許をとる必要がある)
・”人工知能”は利用可能になった瞬間からあらゆる分野に適用される
・データの出元やサーバーを抑えるべき
・人口知能の進化は”コンピューターの性能の進化”として捉えるべき
・alpha GoよりD-waveの方がヤバイ

・”人工知能”は既に浸透している

人工知能は”新しい”ものではないと思います。そもそも話として、「人工知能ってなんやねん?」という話もありますが、「情報を”インプット→保存・判断→アウトプット”」しているものは、全て「知能」だとするのが僕の立場です。

そして、道路の信号とか、エバーノートとか、情報を「インプット→保存・判断→アウトプット」しているものは、今の世の中には実は既に無数にあって、今更「人工知能」を何か目新しいものとして扱う事自体に違和感を感じます。
もし、目新しさを求めるとしたら、「インプット」「保存・判断」「アウトプット」のそれぞれのより具体的な技術に着目すべきで、例えばディープラーニングは「インプット」「判断」に関して目新しさがあるように思います。

・”機械学習”は全く新しくない

もう一つよく聞くワードには、「機械学習」があります。ただ、こちらもメールのスパム判定等ですでに多用されていて、技術としても考えとしても、それほど新しいものではありません。Facebookは最近人工知能のようなアルゴリズムを強めていますが、それができるようになったのは、技術の進化というより、単純にあそこまで「利用者のデータ」を集めた組織がそれまでなかったことに依存していると思います。

・”アルゴリズム”は強みにならない(強みにするなら特許をとる必要がある)

そしてもう一つ、アルゴリズムは一度オープンにされれば誰でも使えてしまう(しかもエンジニアはそれをオープンにしたがる)、という性質上、あまりそれ自体が強みになることはありません。Google検索はアルゴリズムで勝ち上がった数少ないベンチャーのうちの一つですが、あれは特許に守られたことで独占的な地位を築いています。
逆に言えば、特許を取れるレベルの何かが無い限り、それはあまり競争優位性にはならない、ということではないかと思います。

後は、もし、特段特許を取っていない「アルゴリズム」で勝っているように見える何かがあったら、それは他の専門知識と組み合わさったことにより、他人が真似できない何かになった、みたいなことはあり得るような気がします。しかしその場合でも、他との違いは「専門知識の有無」です。

・”人工知能”は利用可能になった瞬間からあらゆる分野に適用される

上記の一般的なアルゴリズムの性質上、人工知能は基本的に”利用可能”になった瞬間から、ありとあらゆる分野に活用されると思います。今「if文による条件分岐」がありとあらゆる場面で使われているようなノリで、各受託開発業者が一斉にその取り入れを開始することでしょう。

そういう意味では人工知能版のデジタルガレージみたいな会社は出来るのかもしれない。

・データの出元やサーバーを抑えるべき

むしろ、今この既に出来上がった人工知能社会で大事なのは、「データの出元」と「サーバー」です。データの出元が強いのはわかりやすそうですが(FacebookやAmazonはその最たる例です)、サーバーの方もAWSの成功に見れば、その重要性がわかるかと思います。Alpha Goには数十億円がかかっている、との噂も聞きました。

・人口知能の進化は”コンピューターの性能の進化”として捉えるべき

ちなみに、ではなぜ今「人工知能」が改めて騒がれるかというと、その分野で何か新しい変化があるからなのは間違いないと思います。但し、それは「インプット→保存・判断→アウトプット」の要素要素の技術ではなく、その全体を支える「コンピュータの性能の進化」が原因にあると考えます。

つまり、今この波に乗ろうと思うなら、考えるべきは「人工知能があれば何ができるか」ではなく、「今までコンピュータの性能の悪さがボトルネックでできていなかったが、今、コンピューターの性能の進化によって、できるようになりつつあることは何か」と捉え直す必要があると思います。そしてそれは、今スタートアップが注目するほど”急速な変化”でしょうか?

・alpha GoよりD-waveの方がヤバイ

もし、この変化の流れが”急速”になるとしたら、それは「産業利用可能な量子コンピュータの誕生」が原因になる気がしています。量子コンピュータは、今のコンピュータとはケタ違いの性能の良さを誇るからです。そしてそれは、今徐々に研究が進められ、部分的にですが実用可能な範囲まで来ています。
わかりやすい量子コンピュータ

alpha goのニュースも囲碁好きとしては大ニュースですが、個人的にはこっちの方がシンギュラリティに近づいている感があって、良くも悪くもヤバイなぁと思います。

以上、あまりにまとまらない&知識が雑なその名の通りの雑感でした。

5年の継続

気付いたらこのブログ、開設以来五年以上経ってました。ということで、以下、ブログを五年以上運営してわかったことリストです。

・僕の文章力があまり向上していない(5年前の記事の読みにくさと数カ月前の記事の読みにくさが変わらない)
・アクセスが殆ど伸びてない(記事数に比例して若干伸びているだけで、一記事あたりのpvは全く変わっていない)
・「納豆」「ファブリーズ」での流入が多い
・案外人に見られてて恥ずかしい
・ブログ経由(主に炎上した記事)での良縁がかなり多かった

何より自分の人となりみたいなのを事前に紹介できるのは、両者にとって良いんだろうなーと思いました。文章はもっとわかりやすくしないといけないなーと思いますが、どうやればいいか正直まったくわかりません。

1000回の試み。

1/1000の確率でしか当たらないような、大きい試みを、「そんなの当たるわけがない」と馬鹿にする人と、「次は行けるはず」と本当に1000回試す人がいるとする。

後者が1000回試すまでの期間は、若干前者のほうが前に進んでいるように見える。着実な道を選んでいるからだ。

ただ、後者が本当に1000回試した時点で、後者は前者に1000回分の試行錯誤の差を付けて圧勝することになる。その差は、前者のわずかな積み重ねによる優位を圧倒的に凌駕する。

それに気付いた前者が後者に追いつくためには、その時点から「少なくとも」1000回の試みを行う必要がある。
「少なくとも」と書いたのは、その両者の差を埋めるために、実際は多分1000回の試行錯誤では足りなくなってしまうと考えたからだ。

1回でも当てた人には機会もお金も信用も実力も、何もかもが集中する。だから、次の勝負では100回に1回くらいの確率で当てられるようになる。そうすると後者は前者の10倍のスピードで前に進むことができるようになっている。前者がそれに追いつくには、1000回では済まないような数の試行錯誤が必要となってしまう。

この「前者」と「後者」を比べるときに、「他人」と「自分」で比較してはいけない。「試さなかった自分」と「試した自分」で比較しなければならない。

偉大な挑戦者の心理は、「挑戦すればこんな良いものが得られるはずだ!」というお気楽なものではない。きっと、「挑戦しなければ置いて行かれる!」という必死な焦燥なはずだ。

「社会の不確かさが増した」に関する妄想

1.インターネット等により情報取得が楽になり、世の中の不確かさは減った。

2.その情報を元に、楽に安定が得られる職業とか、楽に儲かる事業に人や企業が殺到するようになった。

3.供給の増えたそれらの職や事業が儲からなくなり、より不確かでなければ儲からなくなった。

4.より不確かな状況で戦える人が求められるようになり、若者が「不確かさが増した」と感じるようになった。

・別に不確かさは実は増してない
・ただ、そこ以外で差がつきにくくなっている

成功要因は細かいよくわからにところにある気がする

外から成功者を眺めていると、
・成功者の〜〜のパーソナリティが良かった
・〜〜の分野を選んだからよかった
等、成功要因を分析した結果、基本的により一般化、抽象化された部分が結論として出てきます。

それ自体は何も間違っていないのですが、自分も実行者として同様な成功を目指す場合、そういった一般的な事項に加え、もっと全然違う細かい部分を見る必要性を最近感じます。

例えば、バイラルメディアのビジネスモデルを検証するとわかるのですが、一人あたりの平均友達数や、一人あたりの記事のシェア率は、0.1変わっただけでもかなり結果が違ったりするように、他にもUIの細かい部分の調整によって勝敗が決したり、オペレーションをしっかり整えられたか、とか、しっかり節約したか、とか、そういった伝記ではあまり触れられないような細かい部分こそ、もっと研究するべきなように思います。

”熱意”が成功要因として語られることもよくありますが、何故そうなのかというと、熱意がなければそこまで細かいことに気が回りにくいからなのかもしれません。
あと、大組織で議論すると、どうしてもそういった細かいことは後回しにされてしまいます。細かい部分の調整は、見た目の費用対効果が随分悪く見えるからです。

僕もかなり大雑把な性格なので、そういった細部までこだわることは必要以上に気をつかなわないとなーー